8月よりスタートする、エンタメ社会学者・中山淳雄さんの連載「みんなのホビー革命」。日本のコンテンツ産業が世界的な注目を集める中、なぜ「ホビー」が重要なのでしょう。連載に先立ち、インタビューを公開します。
interview by Natsu Shirotori
text by Sho Kobayashi (OIOI Lab)
illustration by Kenro Shinchi
photographs by Kenichi Inagaki

『コロコロコミック』はマンガ雑誌じゃない!?
──中山さんはエンタメ社会学者として、コンテンツビジネス、IP、ファンダム、クリエイターエコノミーなど、エンターテインメントの新たな動きについて執筆・研究を行っていらっしゃいます。今回から始まる連載のテーマは「ホビー」ですが、そもそもこれはどう定義されるのでしょう。
ホビーとは、「未完成な状態で届けられ、ユーザーが自分なりの技や組み立てを加えることで、自分独自のものを完成させていくもの」だと考えています。例えば、ガンプラやミニ四駆、ポケモン、それから「Minecraft」のようなゲームも現在ではホビーといえるかもしれません。完成品を受け取って消費する体験とは根本的に違い、受け手の技術や工夫を前提とした「手触りのある体験」なのがポイントです。
ホビーを具体的にイメージするうえで、1977年に創刊された『コロコロコミック』はとても参考になります。この雑誌は、1000ページにもおよぶ分厚い誌面に付録がつく、非常ににぎやかな内容が特徴です。私は『コロコロ』は「マンガ雑誌」を超え、「ホビーマガジン」という独自の位置づけを獲得している、非常に重要な媒体だと思っているんです。
──「ホビーマガジン」とはどういうものですか。
メディアの中心に置かれているのがホビーだということです。掲載されるマンガの多くが、ホビーを題材にしています。例えばミニ四駆を題材にした『ダッシュ!四駆郎』(1987〜1992年連載)の主人公は日ノ丸四駆郎。名前からして、ホビーのCMキャラクターのような名前ですよね。業界的に、玩具などとのタイアップから生まれたマンガからは名作が生まれにくいといわれます。しかし、コロコロ編集部はそれをいといません。ホビーを紹介するマンガを次々に生み出し、ホビー自体の流行いかんによってスピーディーに掲載作品を入れ替えていくのです。
加えて、重要なのが「コロコロまんがまつり」やミニ四駆イベントなどの全国イベントを開催してきたこと。ホビーをみんなで遊び、マンガの世界と親しむことができる場所を、手間を惜しまず、継続的に用意してきたのも特徴です。ホビーとマンガとイベントが三位一体となったメディア運営により、『コロコロ』は、ホビーの遊び方を提案し、それを多くの人へと広めていくプラットフォームの役割を果たしてきたんですよ。
2027年に創刊50周年を迎える『コロコロコミック』。過剰なまでの情報量が詰め込まれた表紙デザインは1986年から現在にいたるまでデザイナー佐々木多利爾さんによって手掛けられています
photograph by Hidehiko Ebi
ホビーとIPは車の両輪
──マンガ雑誌に見えて、マンガが必ずしも中心ではないというのが興味深いですね。近ごろ「IP」( Intellectual Propertyの略で、知的財産という意味)ということばをよく耳にします。ホビーと比べるとIPは、マンガやキャラクターの権利ビジネスの文脈で使用されているように感じました。
たしかに、IPへの関心の高まりとともに、さまざまな企業がキャラクターの権利を囲い込もうとする傾向もあるのかもしれません。しかしながら、IPという概念はもう少し広いものでもあります。著名なゲームクリエイターであるイシイジロウさんによると、IPとは①ストーリー、②キャラクター、③世界観、この三つのいずれかなんだそうです。ポイントは、必ずしもこれらの要素をクリエイターやメーカーがすべてコントロールできているわけではないということです。例えば『コロコロ』では、ホビーの遊び方を編集部やユーザー側が自由につくり出して、それが誌面やイベントによって新たに定着していくサイクルが見られることがあります。このように、つくり手だけでなく、ユーザーの側からも遊び方が生まれ、それが世界観──すなわちIPを新たに育て直していくこともあるのです。
──それはまさに、最初にうかがった「未完成なホビーをユーザーが完成させる」という話と同じ構造ですね。
そうなんです。ホビーが未完成のまま届けられるように、IPもまた、完成しきっていない部分をユーザーに委ねている。むしろ、日本のIPの強みは、つくり手だけでなくみんなで手を加えながら価値を高めていく、ユーザー生成コンテンツ(UGC)的な性質のほうにあるのではないかと考えているんです。
ですから、さまざまなホビーがどのようにユーザーに愛され、多くの人を巻き込んで楽しみ方自体をつくってきたかを分析することは、魅力的なIPをつくり出すためにも参考になるのではないかという直感があります。おそらく、IPとホビーは、コンテンツが長く駆動していくための、車の両輪のようなものなんだと思います。
中山さんの取材は2026年6月後半に実施。この日は、取材後に「クールジャパン」に関する討論番組に出演するとのこと
「参加するユーザー」の経済圏
──おもしろいです。日本のIPの強みとして挙げていた「UGC的な性質」とはどういうことなのでしょう。もう少し詳しく教えてください。
日本にはユーザーが単に消費するだけでなく、自分自身で手を動かして楽しむ「参加型」の文化があり、みんなでIPの価値を高めてきた豊かな歴史があるのです。例えば、1975年に始まったコミックマーケットはその最たる例です。同人誌、コスプレなどといった、アニメやマンガの二次創作を通して、ユーザー自身が作品の世界観を拡張して楽しみ、交流していくイベントが、50年にわたって活発なまま現在も続いています。
こうしたユーザーが参加する文化はインターネットの登場により、さらに活発化しました。大きな契機は2006年の「ニコニコ動画」のローンチです。翌年に発売されたボーカロイドソフト「初音ミク」を使用した楽曲を発表する場として人気を博し、「ボカロP」と呼ばれる、新たなスタイルの音楽クリエイターたちが続々と登場します。そのなかには、米津玄師(ボカロPの名義は「ハチ」)、Ayase(YOASOBIのコンポーザー)といった、現在のポップスシーンを牽引するクリエイターも含まれます。とはいえ、彼らのようなスターだけを見ていては、全体像を見誤ってしまうかもしれません。
──それはどういうことでしょう。
この時期の特徴は、「歌ってみた」「踊ってみた」というような、既存の作品を題材にしたコンテンツをつくる人たちが現れ、しかも人気を集めるようになったことなんです。こうした人たちは「リミキサー」と呼ばれ、作品の世界観を拡張する役割を果たしています。リミキサーは、プロとアマチュアの中間のような立ち位置で、作品を使った新しい楽しみ方を提案することで、現在にいたるまでその存在感を強めています。
リミキサーと同じく、作品の世界観を拡張する存在として注目を集めているのが、「Minecraft」などで巨大建築をつくる「ワールドビルダー」。海外ではゲーム世界での「建築費」で生計を立てている人もいるそう
──そうした動きは、その後さらに広がっていったのでしょうか。
2010年代後半になると、ライブ配信やVR(仮想現実)などの技術が発展し、YouTubeの巨大メディア化とTikTokの登場とが結びついたことで、新たな形態のクリエイターが活躍するための土壌が整いました。ゲームのプレイ動画や、ユニークなプラモデルの塗装、特殊な改造をしたミニ四駆……これまでユーザー個人のホビーとして自由に楽しんできた様子自体がコンテンツとなり、ファンが生まれ、その活動によって生計を立てる人たちが次々に現れるようになったのです。こうしたクリエイターと小さなファンコミュニティが無数に生まれることで形成される経済圏を「クリエイターエコノミー」と呼んでいます。何年も何十年も自分なりの楽しみ方を追求してきた、無数のユーザーという「裾野」があるからこそ、クリエイターエコノミーが成立しているということは強調しておきます。
2010年代後半より、一躍注目を集めるようになったVTuberたち。現在では配信活動をベースに置くVTuberも多いほか、2025年に武道館公演を実現した星街すいせいのようなアーティストも輩出している
クリエイターではなく関係者を増やす
──こうしたクリエイターエコノミーの広がりによって、クリエイター自身の創作にも変化はあったのでしょうか。
おもしろいことに、クリエイターエコノミーがクリエイターの「作品づくり」そのものを直接変えているわけではないんです。優れたクリエイターは、昔もいまも、自分の世界を追求して作品をつくります。変わったのはそのまわりです。流通やマーケティング、ファンとの接点づくりといった「創造性のまわり」にある領域に、参加するユーザーの文化から育った人材や手法が入り込んでいるんです。
人気アーティストAdoを擁するクラウドナインや藤本タツキ(マンガ家。代表作は『チェンソーマン』『ルックバック』など)を擁する編集者・林子平のミックスグリーンのようなクリエイターのプロデュース会社などがいい例です。こうした会社では、一人のクリエイターのまわりに5人から10人くらいの精鋭チームがいて、ファンとのインタラクションやデジタルマーケティングを担当しています。また、「絵師」の世界では、例えば灯白社といたベンチャー会社が、SNS運営からコミケの売り子、個展の開催やグッズ制作まで引き受けています。いわばギャラリーのキュレーターのような存在として、クリエイターの価値を高めるためのビジネス開発を一緒にやっているんです。こうした人たちの中には、もともとファンやユーザーとして作品に深くかかわっていた人も少なくありません。参加の文化が、新しい職能を生み出しているんです。
──ユーザーとしてコンテンツとかかわってきた人たちが、新しい仕事を生み出しているというのは興味深いです。
先ほどの『コロコロ』の話もそうですが、ホビーやコンテンツが盛り上がっている場所には、つくり手だけでなく、場を運営する人、広める人、遊び方を翻訳する人といった、さまざまなかかわり方をしている人たちがいる。この連載では、そういう生態系全体を見ていくこともできると思っています。
中山さんが執筆したエンタメ関連の著書の一部。2026年後半にさらに2冊の刊行を控えているとのこと
キャラ弁もホビー文化?
──ここまでの話で、ユーザーが自ら手を動かして新しい遊び方や職能を生み出していくおもしろさをうかがってきました。そもそも私たちは、なぜこうして「手を加える」ことに強く惹かれるのでしょうか。
直接的には「ホビー」とは異なりますが、LVMHの公式資料によく登場する「Savoir-faire」(職人が手を加えること、クラフトマンシップ、の意味)ということばが参考になるかもしれません。例えばバッグをつくるにしても、自動化して完全な工業製品にしてしまうのではなく、革の縫製を職人が手作業でやるなどの「工芸品性」を必ず担保する。それこそが、ブランドの価値なんだとLVMHは考えているわけです。面倒な手作業を大切にし、ものづくりにプライドをもつという姿勢は、いまも世界各地に残っています。
実は日本のホビーメーカーを見てみると、こうした姿勢を感じることが多いんです。例えば、ハナヤマという会社は、「はずる」というパズルで世界的に有名です。売上20億円規模の企業ですが、海外がメインの売上でこの会社でしか作れないパズル、みたいなカテゴリーキラーとして同業界では誰もが知っている。人件費の安い国に外注して利益率を向上させるというような発想とはほとんど真逆の、「非合理的」なこだわりをもった企業が現在も続いていることは驚くべきことだと思うんです。
──つくりこんでいく「こだわり」のようなものが、私たちの中にはあると。
子どものお弁当を見てもそう。カナダにいた際に、日本人のお母さんたちがキャラ弁をつくったら、学校でキャラ弁禁止令が出た、なんて話もありました。日本人の子たちが凝ったお弁当を持っているのに対して、カナダの子たちは3分でできるようなサンドイッチだから、カナダの家庭からクレームが入ったそうです。そういった誰のためかもわからないこだわりを発揮するのが日本のお国柄なのかもしれません。
スポーツ少年からゲームコンサルタントに
──そもそもなのですが、中山さんは子ども時代にどんなホビーやエンタメに熱中していましたか。
高校まではずっと運動部に打ち込んでいた、いわゆるスポーツ少年だったんです。ですから、エンタメといっても王道で、テレビは「志村けんのだいじょうぶだぁ」だったり、マンガも『キャプテン翼』『スラムダンク』『幽☆遊☆白書』のような人気作ばかりでした。エンタメに深く触れるようになったのは、社会人になって2社目のDeNAに入ってからです。入社初日に急遽ゲームコンサルタントを任されることになりまして(笑)。まったくゲームをやったことがなかったので、当時のソーシャルゲームを1500タイトルくらい売上順にランキングして、ジャンル別のトップタイトルをすべてプレーして研究しました。携帯を3台並べて延々とゲームをする日々で、人生で一番ゲームをやっていた時期だったと思います。
──強烈な経験ですね……。
この時の経験が『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)という書籍になり、それをきっかけにして、いくつかの企業で海外向けのエンタメビジネスに携わってきました。つくり手の方々の想いをうまく伝えることができるように、トレンドや市場の動向を分析しながらプロデューサー側としてサポートする、ということが当時の私の仕事です。
──その中で、ホビーの現場に深く入った経験として印象に残っているものはありますか。
ブシロード在籍時に担当した『アサルトリリィ』のプロジェクトですね。アニメから始まって、ゲーム、舞台と展開していくところまで、ゼロから経験できました。このプロジェクトでドールの世界に足を踏み入れることになり、ドールをホビーとして楽しむコミュニティとの交流を間近でみる機会がありました。ドールを前にコミュニティの皆さんが年齢や属性に関係なく少女のように語り合っている姿がとても印象的でした。コンテンツ制作側の立場からそうした方々と向き合うことができたのは、私のホビー論の根っこにある経験のひとつです。

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自由にポーズを調整でき、着せ替えやメイクも可能なBJD(Ball-Jointed Doll、球体関節人形)。TikTokを中心に、ユーザーそれぞれがコーディネートやメイクの様子を動画でアップし、盛り上がりを見せています
エンタメ社会学者、ホビーの「沼」へ
──現在は、コンサルタント業とともに、エンタメ社会学者として活動しています。社会学との出会いは何だったのでしょう。
大学では西洋史のゼミに進んで、ドイツの歴史を学んでいました。ただ、大学4年生の時にふと上野千鶴子さんの社会学のゼミにモグリで行ってみたところ、年齢や境遇がまったく異なる多様な学生たちと出会って、大きく価値観を揺さぶられたんです。そこから、社会の価値観や世論がガラッと変わるようなダイナミックな変化を分析できることにおもしろさを感じ、社会学を学ぶようになりました。
──そうした社会学的な視点で、現在はエンターテインメントを分析しているんですね。
業界の内側・外側、日本国内外、さまざまな角度から日本のエンタメを見られるのが「エンタメ社会学者」のおもしろさです。感覚としては、Google Earthを拡大・縮小している時に近いですね。複数のポジションからかかわることで、自由にエンタメ業界をピンチアウト・ピンチインできるようになったと思います。エンタメ業界は、半導体や自動車など他の業界と比べて置き去りにされてきたものだからこそ、いま研究することで、「業界」がつくられる過程が見えるのもおもしろい点です。経団連が動くと経産省が動き、経産省が動くと文化庁と総務省が動き、その次に内閣府が動き出す。そして、メディアが動き出し、メディアを見た企業が動き出す。どんな順番で社会が変化していくのかをまさにいま体験しているところです。
──最後に、連載では今後どんなホビーを取り上げていく予定ですか。
自分自身がホビーの沼に入って、探求していく連載になると思います。ガンプラ、ベイブレード、カードゲームといった代表的なホビーはもちろん、「Minecraft」や「Roblox」のようなデジタルゲーム、Warhammerなど海外のホビーとの対比にも挑戦してみようと思っています。
その結果として、日本独自のホビー文化の魅力が解明できたらいいですね。結論を決めず、書きながら仮説を検証していきたいです。読者の方からも意見をうかがいながら、一緒に考えていく連載にできればと思っています。
次週7月23日は、民俗学者塚原伸治さんの連載「お金の民俗誌」の特別編として、塚原さんのインタビュー記事を配信します。商人や老舗、お祭りなどを研究する塚原さんのお話から、私たちの不思議なお金の使い方の世界が浮かび上がります。お楽しみに。





