黒鳥社コンテンツディレクターの若林恵による連載「『好き』がつくった世界〜ファンダム小史」が本日よりスタートします。いま「ファン」という存在がなぜ注目を集め、議論の的となっているのでしょうか。その背景にある、20世紀のメディア論の歴史をひも解きます。
text by Kei Wakabayashi
illustration by Kuniko Nagasaki

予言されていたファンダム政治
「ファンダム」というと、即座に身構える人も少なくない。アイドルグループなどをめぐって引き起こされる、必ずしも健康とは呼べないファン心理や、そこにつけ入って搾取するようなビジネスモデルを思い浮かべてしまうからだろう。そこで想定されている「ファンダムビジネス」は、メディアを通して熱狂をつくり出し、ゲーム化された施策をもってファン同士を競わせたりすることで、ときに有害な空間をつくり出す。それがイヤなものであるのは間違いない。確かにファンダムは、本来孤立していた人びとの心を強引に結びつけ、狂信的なコミュニティを生み出してしまう力をもっている。
ファンダム研究の第一人者として知られるアメリカのメディア批評家ヘンリー・ジェンキンスは、かつてこんなことを語っていた。
未来のアメリカの政治では、共和党と民主党ではなく、〈トレッキー〉(SF映画・テレビシリーズ『スタートレック』のファン)と〈デッドヘッズ〉(ロックバンド「グレイトフル・デッド」のファン)の闘いが見られるかもしれない、といったことをたしか1990年代後半に、どこかで書いたことがありました。
いまあらためて聞くと、このことばがわたしたちの目の前で繰り広げられている政治状況を言い表していることに気づいてゾッとするかもしれない。ソーシャルメディアを主戦場とする政治は、すでに政党の対立ではなく、トレッキーとデッドヘッズの闘争にも似た「ファンダム政治」もしくは「推し活政治」になっている。
現在のアメリカ大統領が、そもそもプロレスファンダムに深いかかわりをもっていたことを思えば、アメリカ政治のファンダム化は避けられない事態ではあった。とはいえ、それが何もアメリカだけの特殊事情だとも言えなさそうなことは、日本の現状を見ていてもおよそ察しがつく。ファンダムカルチャーが、エンタメの枠をはみ出してやがて政治にまで作用するであろうことは、ヘンリー・ジェンキンスが90年代にとっくに予言していたのだから、本当は驚くべきことでもないのだけれど、いざそれが目の前で起きるとわたしたちは、何やらとんでもない事態だと思ってしまう。
実際、推し活政治なんて世も末だと腹を立てたり、呆れたりする人は少なくないのだろう。とはいえ、そうした人びとが、怒ったり、冷笑したりしていられるのは、「あれはリテラシーの低い人たちがやっていることだから」と、安心している面があるからだ。
「わたしたち」と「彼ら」をこのように切り分ける考え方は、推し活やファンダムといった現象を理解する際に長らく使われてきたものだ。大衆文化のなかであればなんとか許容されるファンたちも、そこからはみ出した途端、常軌を逸した情報社会の哀れな犠牲者として分類される。その背後にあって広く共有されているのは「ファンは現代のメディア社会が生んだ病理だ」という認識だ。
確かにファンダムが政治化・思想化したとき、そこにハマった人たちは、ある理由から特殊な心理状態に陥った人として説明されがちだ。そうした説明は、ファンやファンダムをメディアテクノロジーに毒された、治癒や教化を要する「愚かな群衆」とみなすことで、逆にそうならずにすむような処方箋や安全圏がどこかにあるという想定を多くの人に与えている。
「ファン」は病理なのか
ファンという存在をメディア社会が生み出した病理だとする見立ては、「大衆文化」というものが勃興した19世紀末から20世紀前半にかけて広まったものだとされる。大衆文化の勃興は、「ファン」という新しい人間の類型をもたらした。舞台俳優に熱狂する女性たち。スポーツ会場で暴れる観客たち。ラジオや映画に夢中になる若者たち。「大衆文化」の浸透とともに可視化された「ファン」の姿は、当時の人たちからすれば、さぞかし異様で、奇矯で、不気味に見えたことだろう。
当時の知識人たちは、こうした奇矯な人びとを、メディア産業に操作される「主体性のない大衆」として理解しようとした。少し時代は下るが、例えば、ドイツの思想家テオドール・アドルノとマックス・ホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』は、そうした知識人たちの反応をよく伝えている。
この本のなかでふたりは、ラジオから流れるジャズに合わせて人びとが浮かれ踊っている状況を苦虫を噛むような筆致で記し、大衆文化によって、人類が新たな野蛮状態に陥っていることを詳細に分析した。
今日、需要と供給のメカニズムは、物質的生産の面では崩壊しつつある一方、上部構造の面では、支配者のためのコントロールとして作用している。この場合消費者とは、労働者やサラリーマンであり、農民や小市民である。彼らは資本制生産の中に心身ともに封じこめられ、要求されたものに唯々諾々と身を委ねるようになる。言うまでもなく被支配者たちは、上から与えられたモラルを、支配者自身よりもっと真面目に受けとるものだが、それと同じく欺かれた大衆は、今日では、成功した者たちよりはるかに成功神話に陥っている。彼らは自分たちも成功したいと願っている。見まごうかたなく、彼らは自分たちを奴隷化するイデオロギーにしがみついているのだ。
もっとも、本書の批判は「欺かれる大衆」であるよりも、大衆を欺いている文化産業に向けられている。実際、本書は、「文化消費者たちの想像力や自発性の萎縮」の原因は、文化産業がつくり出す製品の「物質的性質」にあって、その心理的メカニズムに帰する必要はないと論じている。ただ、それでも聴衆は、「文化産業の体制を公然と、あるいは事実上支えている」という点から「体制の一部なのであって、けっしてそれから免責されているわけではない」と手厳しい。このときすでに、ファンたちの間で、作品を勝手に読み替えたり二次創作をしたりといった新たな活動が繰り広げられていたことは、ここではまだ考慮されてはいなかった。
この本が第二次世界大戦中に書かれ、戦後直後に刊行されたことを思えば、本書がことさら文化産業の危険性を説く必要があったことは理解できる。ラジオや映画といったメディアテクノロジーが、戦前のドイツにどれほどの影響を与えたかを考えれば、メディアテクノロジーとそれを支えるメディア産業の横暴と大衆の脆弱性に目を光らせておかなければならないと考えられたのも当然だ。大戦の傷がまだ癒えていない時代であればなおさら、その主張には強いリアリティがあったはずだ。そして、その影響は戦後80年経った今も消え去ってはいない。メディアによる大衆動員と全体主義は、いまだにセットでよく語られる。
受信者たちのコード
第二次大戦後に、「ファン」をめぐる研究がアカデミアで始まったとき、その問題意識は、こうした枠組みに強く規定されていたとされる。一方にメディアテクノロジーの猛威にいかに抵抗するのかという論点があり、もう一方には、「なぜ人はスターに過剰に同一化するのか」「ファン集団はどのような非合理性を示すのか」といった問いがあった。ところがこうした見方が、1960〜70年代を境に、大きく転回することとなる。文化や芸術といったものを、作り手の視点からではなく、受け手も含めた視点からとらえ直すような機運が高まるのだ。
こうした「転回」をもたらした重要な契機としてよく参照されるのは、「カルチュラルスタディーズ」の創始者のひとりとして知られるスチュワート・ホールの「テレビ言説におけるエンコーディングとデコーディング」(Encoding and Decoding in The Television Discourse)という論文だ。
ホールがここで試みたのは、テレビにおける言説の制作から流通にまでいたる過程を包括的に分析することだった。メディアを通じたコミュニケーションを理解するためには、制作者によってメッセージが「エンコード」(圧縮)されるところから、受信者によって「デコード」(解凍)されるところまでの全体を見なくてはならないとホールは論じた。さらにその観点から、テレビを通じてメッセージを発信する側と受信する側との間に生じる「誤読」という問題を取り上げ、こうした「誤読」が、発信者と受信者が圧縮と解凍を行う際に、それぞれが違った「コード」を用いていることから起きているのだと説明した。
この論文は、決してファンやファンダムを論じたものではないけれど、それでもファンダムを考える上で重要なのは、何よりもホールが、発信者と受信者との間に生じる「誤読」の原因を、理解力やリテラシーの不足や受信者の「病理」に求めなかったからだ。むしろホールは、「受信者」は、それまで考えられていたようにただ漫然と受動的にメッセージを受信しているのではなく、逆に自らのコードに従って、いわば能動的にメッセージを読み解いていることを構造として説明した。
こうした視点の転回のおかげで、受信者/ファンを自律的な主体として読み替える道筋が徐々に拓かれていった。
ウンベルト・エーコの抵抗
ホールと同時代に、こうした転回の経路を切り拓いたパイオニアのひとりに、イタリアの記号学者でのちに『薔薇の名前』で小説家としても名声を博すこととなるウンベルト・エーコがいる。ホールは、ウンベルト・エーコが60年代に展開した記号論を理論の土台としていることを論文のなかで明かしているだけでなく、エーコの文章を何度か引用している。なかでも多く参照したのは「視聴者はテレビに悪影響をあたえるか?」(『ウンベルト・エーコのテレビ論集成』収録)というエッセイだった。
エーコはこのエッセイで、戦後イタリアに生まれた「テレビ世代」が、古臭い保守的な番組ばかりを見て育ったにもかかわらず、若者になると急進的でラディカルな体制批判に身を投じるようになったことを取り上げ、テレビが発するメッセージは、実際のところ、受け手になんの影響も与えていないのではないかという異論を投げこんだ。それまでの「大衆はメディアの言いなり」説は大嘘なのではないか、という盛大なちゃぶ台返しだ。エーコは、上の事例からいきなりこう断定した。
(1)テレビそのものは、ほかのマスコミュニケーションのツールと同様、ひとつの世代の考え方の形成に寄与するわけではない。たとえ、明らかにテレビに由来するスローガンをこの世代が使って革命をしているとしても、テレビそのものがある世代の考え方を形成しているわけではない。
(2)この世代が(テレビから表現方法や思考方法を大いに吸収しているにもかかわらず)テレビが誘導していたような行動とは異なる行動をとっているということは、この世代の人間がテレビ番組の内容に関して異なる受け取り方をしていたことを意味する。つまり、テレビ番組製作者や、一部の視聴者(製作者の狙いどおりの受け取り方でテレビ番組を消費した人びと)、その番組を分析していた理論家たちとは、異なる受け取り方をしていたということである。
ここからエーコは、のちにスチュワート・ホールも援用した「コード」という概念を使って、ひとつのことばが発せられたとき、たとえ表向きは意味が同じでも、そのことばがもつ暗示的な意味の解釈が、読み解く人が生きる社会の習慣や文化、つまり「コード」によって大きく異なることを示す。
例えば、「雄牛の群れ」のイメージは、イタリア人にとってもインド人にとっても表向きにはただの「雄牛の群れ」だけれども、イタリアではそれがたくさんの食料を暗示する一方で、インドではたくさんの宗教儀式が想起される。こうした事例からエーコは、ホールの研究の土台ともなった問いを導き出した。
発信者はテレビのメッセージを自分のコード(支配的な文化のコードと同じコード)に基づいて構築しており、受信者は、かれら自身のコードに基づいて、そのメッセージのなかに「逸脱した」意味を含ませているのではないだろうか。
テクノロジーの解釈と実践
エーコが提出した仮説は、当時人気を誇った「メディア論」に対する応答でもあった。もっといえば、マーシャル・マクルーハンによる有名なテーゼ「メディアはメッセージである」に対する反駁だった。
エーコは、「記号学のゲリラ戦にむけて」というエッセイで、マクルーハンのこのテーゼは「嘘である」とかなり強い口調で断定するのだけれど、それというのも、メッセージの形式を問題にしたこのテーゼが、メッセージの内容をまったく考慮していないとエーコには見えたからだ。
メッセージの形式が、ただひたすら情報を均質化させ、その衝撃力だけで人を圧倒してしまうというのが本当であるなら、人間はただメディアの情報に呑まれるばかりの無力な存在でしかない。メディアによって骨抜きにされた人間は、やがて無気力で無能な集団と化してしまう。こうした警鐘は、古くは『すばらしい新世界』のようなディストピアSFにおいて、いまであればAIのような技術が登場するたびに鳴らされる。けれども、エーコは、このような「終末論」に対して激しい抵抗を示した。
メッセージの形式や内容に対する行為が、それを受けとるひとの意見を変えられるというのも真実ではない。なぜなら、メッセージを受けとるひとにも、わずかな自由が残されるはずだからである。つまり、メッセージを「違った」方法で読む自由である。
新しいメディアテクノロジーが出てくるたびに、わたしたちは、人類がそのテクノロジーによって何かが奪われる、といった言説にいつも翻弄される。
テレビばかり見ていると頭が悪くなる。ゲームばかりしていると自分の頭で考えることができなくなる。ソーシャルメディアばかりしていると注意力が散漫になる。AIによって思考力が奪われる。新しいテクノロジーが襲いかかってくるとき、そこでは人は、いつもテクノロジーに操られるばかりのか弱い存在として語られる。それはちょうど、ファンをメディアの犠牲者だと考えるのと同じ図式だ。
スチュワート・ホールと並ぶ「カルチュラルスタディーズ」の父祖のひとりであるレイモンド・ウィリアムズは、テレビ論の古典とされる『テレビジョン:テクノロジーと文化の形成』のなかで、わたしたちをいまなお規定しているテクノロジーをめぐるありがちな考え方を、「テクノロジー決定論」と「徴候としてのテクノロジー」のふたつに分類した。
前者はマクルーハン同様、テクノロジーが人類の帰趨を決定するという見方、後者は、テクノロジーをいずれ起こるであろう不可避の趨勢の徴候とする見方だ。いずれも、テクノロジーを人間を超えた力の現れと見なし、人が関与する余地が奪われているとする点で共通している。それに対してウィリアムズは、テクノロジーと向き合ったときに「人がそれをどう解釈し、どう実践したか」というところに焦点を当ててみてはどうか、と提案した。
発見されたファンダム
エーコ、ホール、ウィリアムズらの議論は、いずれも、メディアテクノロジーの発展のなかで絶えず無力化され続ける「大衆」という存在を語り直すことに心を砕いている。大衆は、メディアテクノロジーが垂れ流し続けるメッセージを指を咥えてただ消費し続けるだけの存在ではない、と彼らは主張した。「受信者」のなかに自律性を見出そうとするこうした試みは、ディストピア的な終末にむかっているとされる現状や未来のなかに、人間が活動するささやかな余地を回復する企てだった。
こうした光の当て方が発見されたことで、それまで日陰者だった「ファン」や「ファンダム」は、俄然おもしろく、生き生きした対象として輝き出すこととなった。ぼーっとテレビを見ているだけと思われていたファンたちの日々の実践に目を向けると、そこには、表の社会から気づかれることのないままに行われている旺盛な活動、つまり、積極的な誤読や逸脱があったことが見えてきた。そうした活動をつぶさに観察した記録として、冒頭に登場したヘンリー・ジェンキンスの『テキストの密猟者たち』(Textual Poachers: Television Fans & Participatory Culture)や、ソープドラマの金字塔「ダラス」のファンダムを調査した『Interacting with “Dallas”: Cross Cultural Readings of American TV』などの重要な研究が生まれ出ることとなった。ファンダムは、こうして、克服すべき問題ではなく、むしろそれを乗り越えるひとつの可能性として語られるようになった。
ファンやファンダムは、冒頭に見てきた通り、一般社会から逸脱した奇矯な人たちの群れとして長らく冷遇されてきた。であればこそなおさら、そこにあえて光を当てるという視点が生まれたとき、「ファンダム」は必然的に、文化産業、メディア産業、テクノロジー産業の圧倒的な力をかいくぐりながら、一種の「ゲリラ戦」を戦う人びととして描かれることとなった。それはそれでバイアスには違いないけれど、ウンベルト・エーコは、「視聴者はテレビに悪影響をあたえるか?」のなかで、この新たな視点がもたらす可能性をこう語っていた。
近年には、こうした逸脱解釈は理解の妨げではなく、無防備な大衆にあたえられた最後の自由の〈チャンス〉なのだと考える人びとも出てきた。
これから始まる連載は、19〜20世紀にかけて登場し興味深い実践を行ったファンダムを、時代を追って少しずつたどりつつ紹介していくものとなるはずなのだけれど、そこに通底したモチーフとなるのは、エーコに倣うなら、それぞれのファンダムにおいて懸けられた「自由」だということになる。ファンダムがもたらす小さな可能性を見失わないでいるためにも、メディアテクノロジーの猛威を前にしてわたしたちは無力な存在であるという、今なお社会に深く根をおろしている偏見のなかに舞い戻ってしまわないよう、くれぐれも注意しなければならない。
大げさな導入はここまでにしよう。次回はもう少し気楽な読み物にしたいところだが、まずはジェイン・オースティンのファンダムについて語るところから始めてみたい。
次週8月6日は、まるいらぼ編集部のリサーチを報告する「まるいの望遠鏡」第1回です。文化人類学者・松村圭一郎さんを京都へ訪ね、マルセル・モース『贈与論』から、まるいらぼのテーマ「関係」と「交換」を考えます。お楽しみに。


